【NEWS】IEEE GRSS All Japan Joint Chapter主催「Optical Tutorial 2025」参加レポート

こんにちは。2024年度からインターンに参加している、滋賀大学の石崎寛子です。データサイエンス研究科に所属しており、衛星データにも関心があります。 これまでのインターン業務では、水域や建物に関するアノテーション作業や、夜間光データの不確実性評価に関する論文調査の業務に取り組んできました。
今回、2025年8月11日に、IEEE GRSS All Japan Joint Chapterが主催した「Optical Tutorial 2025」に参加しました。その中の講義の一つである、千葉大学の山本雄平先生による「熱赤外波長領域データによる地表面温度の推定と都市・植生環境への応用例」について報告します。
1.リモートセンシングの基礎
リモートセンシングのタイプは、波長帯によって大きく3つに分類されます。
a.可視・反射赤外リモートセンシング(およそ0.4~3㎛)
太陽の光が地表で反射した波長を観測します。人間の目に見える光(可視光)と、その近くの赤外域を利用し、地表の色や材質を調べます。
b.熱赤外リモートセンシング(およそ8~15㎛)
地表が放つ赤外線を観測し、ここから温度や熱の分布が測定できます。特に10~12.5㎛は「大気の窓」と呼ばれ、水蒸気などによる吸収が少なく、地表からの赤外線が宇宙に届きやすい波長帯です。
例:気象衛星「ひまわり」の赤外画像(バンド13:中心波長10.4㎛)は、この特性を活かして雲や地表の温度分布を観測します。雲がない陸や海は温度が高く、雲の頂上は低温のため白く映ります。
c.マイクロ波リモートセンシング(およそ1mm~数cm)
雲を透過できるため、雨量や地表の水分量の観測に用いられます。レーダー観測もこの領域に含まれます。
今回の講義では、2つ目の熱赤外リモートセンシングについて学びました。熱赤外域の波長を用いると、大気の影響を受けにくい「衛星で測った見かけの温度(輝度温度)」を観測することが可能です。ただし、大気の影響を受けにくいとはいえ、水蒸気などの影響は残るため、輝度温度は必ずしも実際の地表面温度とは一致しません。状況によっては低めに観測されることもあれば、逆に高めに観測されることもあります。そのため、データの正しい解釈には注意が必要です。
2.衛星の輝度温度から地表面温度を推定する仕組み
衛星は、地表から出る(放射)赤外線を捉えます。ただし、その赤外線には、地表からの純粋な温度のみならず、次の複数成分が混ざり合っています。
・地表から直接放射された赤外線成分
・太陽から直接届く放射成分
・大気中で散乱した放射成分
・大気中の水蒸気や気体から放射・反射された成分
まとめると、衛星の観測値は主に、①放射率、②地表面温度、③水蒸気量の3要素で構成されています。したがって、「本当の地表面温度」を推定するには、①放射率と③水蒸気量といった不要な成分を分離することが必要になります。しかし、これらは観測から直接得られない未知の値です。そのため、何らかの方法を用いて地表面温度を算出する必要があります。これが、熱赤外リモートセンシングの主要な研究課題の一つとなっています。
その方法の一つとして、異なる波長帯(バンド)のデータを利用する方法があります。バンドを増やすことで関係式が増え、一見すると地表面温度を導きやすくなるように思えます。しかし、実際には色々な課題に直面することになります。
課題の一つとして、バンドごとに大気の透過率や条件が異なるため、関係式から求められる解が一意に定まらないことがあります。
さらに、バンドごとの放射率を正確に設定することも不可欠です。放射率を誤って設定すると、温度推定に大きな誤差が生じます。例えば、放射率が0.95の表面からの放射を測定した場合、実際より0.02低い値で計算すると、推定温度が約3℃ずれてしまうこともあります。
加えて、放射率は、地表の材質や状態によっても変わります。土壌や健康な芝生では変化が小さい一方、岩、水、雪氷では波長による変動が大きく、同じ植生でも健全な芝生と乾燥した芝生では明らかな差があります。
■地表面温度を求める代表的な3つの方法
上記の問題を解決するため、いくつかの推定方法が開発されています。それぞれの特徴は、次の通りです。
a.Single Channel (SC) アルゴリズム
・仕組み:1つの熱赤外バンドから地表面温度を計算する。大気の状態と放射率が事前に分かっている必要がある。
・長所:1つのバンドだけで計算でき、初期の1バンドのみの衛星でも使える。
・短所:放射率や大気情報が必須であり、計算コストが大きい。湿潤な大気において精度が落ちやすい。
b.Split-Window (SW) アルゴリズム
・仕組み:波長が異なる2つの熱赤外バンドを使い、その輝度温度差に基づいて地表面温度を推定する。放射率が事前に分かっている必要がある。
・長所:事前の大気補正が不要で、多くの衛星で安定して使える。
・短所:2つのバンド差が小さいと精度が落ちる。放射率を固定値とするため、地表面の状態を反映しにくい。
c.Temperature Emissivity Separation (TES) アルゴリズム
・仕組み:3つ以上の熱赤外バンドを使い、大気補正済みの輝度温度から地表面温度と放射率を同時に求める。大気の情報が事前に分かっている必要がある。
・長所:地表面の状態に応じた放射率を推定でき、高精度である。近年よく利用される。
・短所:正確な大気補正が必要。植生など、放射率が波長によってあまり変わらない場合は計算がうまく収束しないことがある。
このように、地表面温度を求めるには、まずは衛星が拾う複雑な情報を整理し、次に大気や放射率の影響を取り除く必要があります。方法は1つではなく、観測機器の性能や利用目的に応じて、最適な計算方法を選ぶことが重要です。
■衛星ごとの使い分けと最近の改良手法
もう一つ知っておきたい事柄として、衛星によって採用される計算方法は異なります。気象衛星ではSW法、ASTERではTES法、空間分解能が100m程度の衛星ではSC法が多く用いられます。
MODISを基準に各衛星の観測結果を比べると、他の衛星は日中の地表面温度をやや高めに推定する傾向があり、その影響で夜間との差が大きくなることがあります。特に静止軌道衛星は観測角度の影響で、日中の推定温度が高くなりやすく、TES法では夜間の高温域で異常値が出ることもあります。
山本先生らの近年の研究(2022年)では、ひまわり8・9号の3つの赤外バンドを使い、湿潤な環境下でも誤差を減らせるよう大気補正を強化した、新たなSW法が開発されました。従来の2バンドのSW法に比べ、精度が向上しています。
3.熱赤外リモートセンシングの活用方法
■都市への応用
衛星で得られる地表面温度データは、都市の暑さ対策や環境分析に広く活用できます。都市の観測には、地上観測や航空機観測などがありますが、都市の「全域」を「長期的」に観測できるのは、衛星ならではの強みです。
都市はコンクリートやアスファルトなどの蓄熱によって、周囲よりも気温が高くなる「ヒートアイランド現象」が起きやすくなります。衛星データを使えば、都市全体の温度分布を客観的に把握でき、都市と周辺の温度差(SUHII)による暑さの強さの評価や、猛暑時に熱中症のリスクが高くなる「ホットスポット」の特定、緑地や水辺の涼しさの効果を検証する都市設計の評価などに役立ちます。
■データ活用時の注意点
解析の規模に応じてデータを選ぶことが重要です。例えば、都市スケール(約数km~10km)での都市の景観ごとの熱のこもりやすさを解析したいのに、地上センサーを選ぶのは悪手です。一方、それぐらいの規模感であれば、空間分解能が250m~1kmの衛星データが適しています。
また、衛星データを解釈する際には、「建物のどの面を見ているのか」を意識することが大切です。衛星が観測しているのは真上から見た面の温度であるため、屋根や道路など異なる放射率が混ざった値になっています。例えば、静止軌道衛星では、観測角度の関係で、路面や南側の壁面だけを観測していることがあります。
■植生への応用
衛星で得られる地表面温度データは、植物や生態系の健康状態や変化を把握するためにも役立ちます。気候変動や干ばつの影響を見極めるうえで、長期的な傾向から短期的な異変まで、幅広くモニタリングできます。
植物は周囲の温度変化に敏感に反応しますが、それは時間や空間によって異なります。短期間で狭い範囲であれば地上観測が有効ですが、広い範囲や長い期間を対象にする場合は、衛星観測が強みを発揮します。近年では、静止軌道衛星による日々の変化についての観測も増えてきています。
■具体例
・長期の変化(週~年単位)
高温の環境で育った樹木は、光合成の最適温度が高くなるなど、環境に合わせて機能が変化します。また、植生の分布は気温よりも葉の表面温度との方が強く関係しており、分布の推定に有効であることが分かっています。現状、植生の分布はERA5などの数値モデルの気温から推定されており、今後、衛星の地表面温度データの利用可能性が高くなると考えられます。
・短期の変化(日~週単位)
衛星から得られる地表面温度と植生の度合い(NDVI)を組み合わせることで、土壌の乾燥状態や水不足の兆候を見つけられます。また、気温との比較から、植物がどれだけ熱を放出しているかを推定することができます。
・日内変動の観測
衛星の高頻度な観測を活かし、晴れた日の温度の上下動を追跡し、植生の「熱慣性」(温まりやすさ・冷めやすさ)を調べることで、乾燥化の進行を早期に検出できます。
・モデルへの応用
蒸発散や光合成量を推定するモデルに、衛星の地表面温度情報を加えることで、高温や乾燥の状態をより直接的に反映できます。猛暑時には、数値気象モデルの気温よりも、衛星の地表面温度を使うことで、植物の昼間の光合成低下を正確に再現できることも分かっています。
4.まとめ・感想
今回の講義を通して、衛星観測による地表面温度の推定は、単なる数値変換ではなく、観測条件やアルゴリズムの特性をよく理解したうえで行う必要があることを学びました。特に気候条件や観測角度によって推定結果に偏りや傾向が生じる点は、今後データを扱う際に注意したいと思います。
都市への応用では、衛星データを使って暑さを定量化し、地域ごとの分布や特徴を把握できる点に魅力を感じました。植生への応用では、地表面の温度データを活用して植生の状態や変化をモニタリングできることを学びました。
全体を通して、得られたデータの背景にある観測条件を理解し、目的に応じて適切な手法を選ぶことの重要性を実感しました。それが、衛星データを最大限に活用することにつながるのだと感じています。
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